京都大学工学部卒。同大学工学修士。
東京ガス株式会社入社後、マサチューセッツ工科大学に留学。
同大学工学研究所(CAES)フェロー。
株式会社 ボストン コンサルティング グループ(プロジェクト マネジャー、経営会議委員)を経て、1986年、株式会社コーポレイトディレクションを設立。
自らの足で、自らの身を立てる。自立とは自律・自走であり、得られた自由は価値創出を求める創造的活動の基盤を成す。製品市場、労働市場、資本市場等との不調和をかかえる企業にとって不調和を調和に転換するには、創造のプロセスが不可欠である。創造なき調和はありえない。日本をベースとする唯一の経営・戦略専門集団として、この創造的活動の再生産サイクルをつくることを目的に、大いなる船出を試みたのである。ことの成否は、最大の資産である人材をその質と量において、どのように開発できるかどうかにかかっていると認識しているのである。
京大山岳部は、常に50人~60人の部員を抱え、その年齢差は10歳以上(新入生から7年生、院生、助手まで)でありました。これだけの人間が1シーズンに10組前後に分かれてパーティを組み、全国各地の岩壁、山稜、山頂を目指して山行を行って参りました。登山の計画・事後の反省は毎週の水曜会で厳格にとり行われておりました。あまりにシビアな計画審査であったため、実際の山登りよりも、京都駅で汽車に乗るまでが勝負だと言われていました。と言うのも、皆自信家で実力すれすれの山登りを指向したからです。部の基本思想であるpioneer spirit/pioneer work(誰も手を付けない困難なルートに挑戦する)の体現者でありたいと願う者ばかりだったからです。さて、山岳部という文鎮型組織は、これだけではうまく運営できません。面白い計画を皆に伝え、perfectなstaffingの下地をつくり、背後にある個々の登山思想の衝突の場になったのが、「ルーム日誌」と呼ばれる一冊の大学ノートでした。私も、随分、批判・再批判・自己批判・再自己批判をしたものです。このノートはいつも部室の大きな机の上に置かれてあり、古くなったものは何冊も製本して、英国やインドの登山書と共に書庫に納められていました。大変長い歴史をもつ京大山岳部の知恵の産物であったのです。
私がこのoffice noteを思い立ったのは、このような背景からです。CDIは若者ばかりの組織です。CDIは文鎮組織です。CDIはdemocraticな雰囲気に満ち満ちていなければなりません。もし、これが満足のいくものであれば、CDIは常にpioneerであり続けることができると信じます。
皆が、仕事を通じ、所信をストレートに表明しあい、相互によき理解者であると同時にリーダーでもあり補助者でもある関係が出来上がり、それが常に更新されていけばよいと思います。ひとつの道具立てとしてこのoffice noteが活用され充実していくことが、CDI発展の礎になると思います。将来、我々の同僚となる人達に百万言を弄して入社の勧めをするより、このnoteを一読してもらうことで十分という中身になればと願います。
皆様、恐怖の15日間(1/6~20)CDI設立準備のために本当に全精力を出し切って仕事をした・・・・これは私たちの『真』の実感であったと思います。私自身、反省の点は当然ありますが、今後は可能な限りworking environmentをよくしたい・・・・このことで御勘弁ください。 仕事は決まり、New officeも決まり、TG他出資も決まり、岩附さん・北島さんの参戦も決まり・・・・Now, let's go! プロとして、尊敬に値する西岡大棟梁のことばを引用します。
Small Businessの世界
―仕事とはー 西塔工事に全国から集まった17人の大工に、「あんたたちには、心をこめた仕事を頼みたい。労働やなくて仕事や。」仕事というのは、力を出し切ってつっこんでいくことやと思います。 労働やと思えば働く時間が優先します。時間があっても棟梁の命令を待つでしょう。 そうではなくて仕事なら、大工1人1人の心の中にできあがった塔があり、自分は今どの部分を受け持っているかが分かっている。 だから1つの仕事が終われば命令されなくても次の仕事に投入できる。 予定より早く西塔ができたのはこのためやと思います。―西岡 常―
(薬師寺西塔の再建)
ファウンダーの吉越より皆様へ、年始のご挨拶を掲載しております。